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横浜地方裁判所 平成8年(ワ)203号 判決

原告

米元清

右訴訟代理人弁護士

岡田尚

杉本朗

小川直人

被告

株式会社藤沢医科工業

右代表者代表取締役

小寺真一

右訴訟代理人弁護士

吉ケ江治道

小山達也

主文

一  被告は、原告に対し、金三三万六四〇〇円並びに内金一九万一四〇〇円に対する平成七年七月二二日から及び内金一四万五〇〇〇円に対する同月一一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三三万六四〇〇円並びに内金一九万一四〇〇円に対する平成七年七月二二日から及び内金一四万五〇〇〇円に対する同月一一日からそれぞれ支払済みまで年六分の割合による各金員を支払え。

第二  事案の概要

一  前提となる事実

1  被告は、医療法人直源会相模原南病院(以下「相模原南病院」という。)の病院施設の警備等を目的とする株式会社である。

原告は、平成六年四月一一日、被告との間で限定の定めのない雇用契約を締結し、相模原南病院の警備の業務に従事してきたものであり、相模原南病院労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。(以上、争いがない。)

2  医療法人直源会(以下「直源会」という。)と組合は、平成七年七月八日、平成七年度夏季一時金に関し、以下の通り協定を結んだ。(甲一、以下「夏季一時金協定」という。)

(一) 支給額

基本給の一か月分とする。ただし、全額人事考課査定とする。

(二) 支給対象期間

平成七年一月から六月までの六か月とする。

(三) 支給対象者

本採用後一年経過した者でかつ賞与支給日在籍者とする。ただし、本採用後一年未満の者については、月割り計算で支給する。

(四) 支給日

平成七年七月一〇日とする。

3  直源会と組合は、平成七年七月一四日、神奈川地方労働委員会のあっせんにより、平成六年度冬季一時金に関し、以下の通り協定を結んだ(甲二、以下「冬季一時金協定」といい、この協定と夏季一時金協定を総称して「本件一時金協定」という。)。

(一) 支給額は、基本給の二か月分とする。ただし、全額人事考課査定とする。

(二) 支給対象期間は、平成六年一月から一二月の一年間とする。

(三) 支給対象者は、本採用後一年を経過した者で、かつ、平成六年一二月一〇日現在の在職者とする。ただし、本採用後一年未満の者については、月割計算で支給するものとする。

(四) 支給日は、平成七年七月二日とする。

二  争点

本件は、主位的には、原告が、被告に対して平成六年度冬季一時金及び平成七年度夏季一時金を請求し、予備的に被告が原告について右各一時金の査定を行わなかったことを不法行為として右各一時金相当額の損害賠償を求める事案である。従って、争点は以下のようになる。

1  原告に本件一時金協定の効果が及ぶかどうか。

2  原告は、本件一時金の請求権を有するかどうか。

3  被告が原告について本件一時金の査定をしなかったことが、被告の不法行為になるかどうか。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告)

被告は、直源会とは別の法人であるが、従前から相模原南病院の関連事業の従業員については直源会の従業員と同等の取扱いがなされてきており、本件協定についても原告ら相模原南病院の関連事業の従業員にも適用されることは当事者間で了解されていた。被告は相模原南病院事務局長石川直正(以下「石川」という。)をオーナーとし、直源会などとともに、藤沢グループという一種の企業グループを形成しているのであり、実質的経営権は石川が掌握していること、被告は相模原南病院の警備ないし清掃以外の業務を行っていないこと、原告の行う業務は相模原南病院の職員である本荘邦彦が担当掌握していること、被告の社員募集は医療法人直源会相模原南病院の警備員としてなされた上、石川が面接を行っていたことによれば被告と直源会とは渾然一体となっていたというべきであり、本件協定が相模原南病院に勤務する直源会以外の法人の従業員である組合員にも適用されることは明白である。

また、被告は、本件の仮処分から本件の途中まで本件協定に拘束されない旨の主張をしておらず、仮処分において認容された一時金を任意に支払っている。仮に、被告が本件協定に拘束されていることを了承していなかったとしても、被告は本件協定の効力が及ぶことを前提として行動し、一時金を仮払いしたから、被告は、協定の効力が自らに及ぶことを追認したか、又は、信義則上そのことを拒み得ないというべきである。

(被告)

本件一時金協定の協定書には被告は当事者として記載されておらず、被告の従業員である原告と被告との間には適用がない。

被告の意思決定に石川は参加していたが、それは被告の取締役としてであり、実際の業務執行は代表取締役が行っていたから、石川の意思のみによって被告が運用されているという主張は失当である。また、被告の業務は、相模原南病院の警備や清掃に限られないし、本荘邦彦は、相模原南病院の職員としてではなく被告代表者からの委任に基づいて、原告の業務を掌握していた。石川が採用面接を行ったのも、被告の取締役としてである。原告の主張は、被告と直源会との間に人事上の交流があったことを指摘するに止まる。被告と直源会との間は財産に関しては名実ともに画然と別個に区別されており、法人格が渾然一体となっていたということはない。

2争点2について

(被告)

夏季一時金協定には、支給対象者を平成七年七月一〇日の在籍者とし、冬季一時金協定には、支給対象者を平成六年一二月一〇日の在籍者とする旨の規定(以下「本件在籍要件」という。)がそれぞれあるが、原告は、これらのいずれの日の在籍者でもなく、支給対象者ではない。

また、交渉当事者双方の合理的意思は基準日に法的に雇用関係があるか否かではなく、現実に就労していたか否かを基準としているものと解すべきである。なぜなら、本件一時金協定が原告らが被告との間で退職の合意をしたか否かが争われている状況下で、被告がそのような地位にある者に一時金を支給する旨の協定を結ぶはずがないこと、全額査定による旨の条項が労使交渉において紛糾の末入れられたことからすれば、被告は、協定締結当時、原告が支給対象者であるとの認識を有していなかったのは明らかであるし、原告においても、夏季一時金支給協定に基づき原告以外の組合員には一時金が支給されたのに原告には支給されなかったことを認識しながら、冬季一時金協定を締結したこと、平成七年七月二九日付の団交申入書において、原告に対する一時金支給について団体交渉の議題としていなかったことからして、原告が一時金協定の対象外であることを認識していたというべきであるからである。さらに、平成七年七月八日の交渉において、直源会側の交渉担当者中山康之(以下「中山」という。)は協定が正式に締結される前の段階で被解雇者には賞与を支給しない旨の発言をしたのであり、直源会はもとより、右発言を知りながら夏季一時金協定を締結した組合も原告が協定の対象外であることを確認している。また、右協定の際の意思と連続性を持った意思に基づき同協定に近接して締結された冬季一時金協定についても同様のことがいえる。

さらに、本件一時金は全体として報奨金としての性格を帯びており、原告の一時金請求権は、本件協定書の一項ただし書により、被告による人事考課がなされた後に発生するものである。そもそも、被告における賞与額の決定方法は基本給に平均月数を乗じ、さらに考課係数を乗じ、調整額を加減したものであり、裁量権行使なしに賞与額は決定し得ず、また人事考課のためには、従業員の貢献度を中心とした詳細なチェック項目を設けており、実際に就労していなければその貢献度を評価することはできない。したがって、被告が一時金額に関する裁量権を行使していない以上、原告に支給されるべき賞与額は定まっておらず、原告には賞与の請求権は発生していないし、仮に査定をするとしてもその際には、原告が就労していなかったことが有力な判断要素となるべきである。

(原告)

本件在籍要件は、法律上雇用関係にあったか否かを基準として判断するのが相当であり、原告と被告の間では、本件一時金協定以前に退職合意はなかったし、被告が主張する原告の解雇も無効であるから、原告が、被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることは確定されているので、本件在籍要件を満たす。しかも、相模原南病院側は、冬季一時金の交渉において、解雇したと主張していた者について過去の支給実績を明らかにしたのであって、当該者を支給の対象と考えていたことは明らかであるし、中山において当時解雇が争われていた者について一時金の支給をしないと言い出したのは、夏季一時金についての合意が実質的にできた後であって、このことも交渉当事者の意思が被解雇者を排除するものであったことの証左にはならない。被告主張の団交申入書はテーマを絞って行うことを目的としたものであり、このことをもって原告が一時金の支給対象者でないことの認識を有していたというのは失当である。

原告が就労できなかったのは、被告において原告との間に退職合意ができているとして原告を職場から排除したからであり、被告の責に帰すべき理由によるものであるから、そのことを理由に原告の不利に人事考課をするのは、人事考課の性質に反し、また信義則にも反するものであって、許されないし、そのことを理由に原告に対する一時金の支給をしないというのは信義、公平の原則に反する。また、従前、直源会及び被告を含むその関連会社の従業員で相模原南病院において勤務している者については、開院以来の慣行として、一時金は、夏季一か月分冬季二か月分を支給することとなってきており、実際の支給についても、前提となる事実4記載のように、勤怠以外に減額査定されることはなかったところ、原告が就労していない以上、原告は査定においてマイナスになるような不行跡をしていないはずであるから、減額事由はないというべきである。仮に、個別的な意思表示が必要としても、右事情によれば、原告について被告の査定の意思表示を擬制すべきであって、被告は、原告に対し支給基準通りの額を支払うべきである。

一時金について、使用者の査定の意思表示がなければ具体的な請求権が発生しないというのは近代的労使関係における一時金の名に値しないし、そのような内容の協定を労働組合が締結するはずもない。本件協定書の一項ただし書の意味は、平均支給額からの増減は使用者の裁量に委ねるというものである。

3  争点3について

(原告)

本件協定が成立している以上、被告は、原告に対し、本件一時金の査定の意思表示をすべき義務を有している。しかし、被告は、右義務に反し、査定の意思表示をしていない。これにより、原告は一時金を受給することができず、一時金相当額の損害を被っている。その額は、前提となる事実4記載の事情によれば、原告において勤務していない以上支給基準額から減額すべき理由はないのであって、冬季二か月分(ただし、冬季一時金協定(三)によって月割り計算すべきである。)及び夏季一か月分の基本給額とするのが相当である。

(被告)

原告の右主張は争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記前提となる事実に後掲各証拠を総合すると次の事実が認められる。

(一) 組合は、平成六年九月二四日に締結され、直源会、被告、株式会社藤沢食品、有限会社あじさい家政婦紹介所の従業員を組合員としている。

右四法人は、いずれも直源会の関連会社であり、一種の企業グループを形成している。石川は、これらの法人の実質的な経営権を掌握している。被告の社員募集は直源会相模原南病院の警備員としてされ、原告についても、石川が実質的に採用決定を行った。(甲一五、一六、乙五)

(二) 組合と右四法人との交渉はすべて相模原南病院の労務担当者が行い、組合側も、交渉は右四法人に対して一本化して行ってきた。原告も、交渉に立ち会っていたが、右労務担当者が異議をいうこともなかった。(乙一、五)

(三) 本件訴訟において、被告は、当初本件協定が原告と被告との間に適用されることを争っていなかった。(顕著な事実)

2  右事実によれば、組合に加入し、相模原南病院関係の業務に従事する者の労働条件については、組合と直源会が一括して交渉して定め、右当事者間の協定は組合員と被告ら直源会以外の法人との間でも適用があるというのが両当事者の意思であったと認められる。よって、本件協定は原告と被告の間においても効力を有する。

二  争点2について

1  前記前提となる事実に後掲各証拠を総合すると次の事実が認められる。

(一) 被告は、原告との間で平成六年九月三〇日限りで退職するとの合意がされた、又は原告を解雇したと主張し、原告を勤務のローテーションからはずした。また、直源会は、いずれも組合の組合員である大島照子(以下「大島」という。)を同年一〇月二一日付で、今市一雄(以下「今市」という。)を同年一一月八日で、和田房枝(以下「和田」という。)を同月三〇日でいずれも解雇した。これらについて原告は、退職の合意はない、又は、解雇は無効であると主張し、また、大島、今市、和田は、解雇は無効であると主張し、それぞれ地位保全等仮処分を申請した。(甲五、九、一六)

(二) 本件一時金協定が締結されるまでの経緯は以下の通りである。(甲五)

(1) 平成六年一二月一〇日、公然化している組合員以外の者に冬季一時金が支給された。そこで、組合は、その上部団体である神奈川県医療労働組合連合会と連名で地労委に対し、冬季一時金に関するあっせんを申請し、同月二七日に地労委のあっせんが開かれた。

(2) 右あっせんにおいて、使用者側は大島、今市、和田らについてイニシャルを挙げて過去の一時金の支給実績を読み上げた。(甲五、なお、この点について、乙二、三において中山及び直源会側の出席者であった真壁愛子は右事実はなかったと陳述しているが、採用しない。)

(3) 平成七年一月二七日の第三回の地労委のあっせんにおいて相模原南病院側から冬季一時金協定に示された条件が提示された。これに対して、同協定一項ただし書の「全額人事考課査定とする」という文言をめぐって紛糾した。結局右文言は維持されることとなったものの、調印はなされなかった。

(4) 同年七月八日、組合と直源会との間で、夏季一時金について団体交渉が行われた。この席で直源会側から冬季一時金についても同月一四日に調印、支給するとの申出があり、直源会側と組合は、直源会側の新たな条件提示は受け入れず、右(3)で妥結した内容で調印することを合意した。

(5) 右夏季一時金の団体交渉の席において、支給額を一か月としてその他の条件は冬季一時金と同様にすることとして妥結した。この協定締結に際し、中山が、直源会側は被解雇者は支給対象者と考えていない旨発言した。これに対して、今市が抗議したが、その場は同人が組合の方法でやる旨述べて散会した。

(6) 同月一四日、冬季一時金についてのあっせんが地労委で行われ、支給日を設定し、冬季一時金協定が締結された。

(三) 和田についての一時金の支給実績は以下の通りである。(甲一七の1ないし6)

(1) 平成三年冬季 五二万七四六〇円(基本給の3か月分)

(2) 平成四年夏季 二一万〇九八四円(同一・二か月分)

(3) 平成四年冬季 四四万八三五〇円(同二・五か月分)

(4) 平成五年夏季 一七万九三四〇円(同一か月分)

(5) 平成五年冬季 四五万七三二五円(同二・五か月分)

(6) 平成六年夏季 一八万二九三〇円(同一か月分)

2ところで、賞与には、賃金の後払い的性質を有する場合、労働者の功労に対する使用者の報奨的性質を有する場合、さらにはこれらの性質を併せ持つ場合がある。ある賞与がこれらのどれに当たるかは、支給の根拠、支給額決定の方法、支給実績等にかんがみ判断されるが、本件においては、一時金の支給は、全額査定によるというものであり、使用者の査定により支給額が大きく変動することが予定されているといえる。この点につき、原告は、減額する場合には、一割を限度とする旨の口頭の合意が平成七年一月二七日になされ、それが協定締結時まで維持されたと主張し、甲五には、それに沿う部分があるが、右合意は、協定の文言上現われておらず、その口頭合意から半年以上経った冬季一時金の協定成立時は、冬季一時金とは別の協定である夏季一時金の協定においてそのような内容が含まれていたと認めることはできない。さらに、原告は、冬季二か月、夏季一か月の一時金の支給が慣行となっていたと主張し、甲五及び右1(八)の事実によれば直源会から直源会の従業員に対し、平成三年から平成六年の時期におおむねこれらの金額以上の一時金が支払われていたことは窺われるが、なお、冬季又は夏季に一定の割合による一時金の支払がなされることが慣行となっていたことを認めるに足りる証拠はない。

以上、特に本件一時金はいずれも、全額人事考課査定とするものとされていたことから、本件一時金は、賃金の後払い的性質を有しているとしても能力給的な色彩が強いし、使用者による功労報奨的性質も有するものであると考えられ、使用者による人事考課がなされない限り、労働者は使用者に対する請求権を当然には有しないと解するのが相当である。

3  次に、本件一時金協定が原告ら被解雇者をも対象として締結されたか否かが問題となる。この点につき、本件協定上明文の定めはないし、その他に協定の締結に際し、被解雇者を支給対象とする旨の合意があったこと、または被解雇者を支給対象から除外する旨の合意があったことを認めるに足りる証拠はいずれもない。なお、被告が被解雇者が本件一時金協定の対象から排除されていたことの根拠として主張する点についてみると、平成七年七月八日の交渉における中山の被解雇者を支給対象としない旨の発言についてもその発言のなされた時期及びその後の交渉当事者の対応に鑑みればこれが協定の内容になったということはできないし、従業員たる地位について係争中の者に対して一時金を支給する旨の協定を直源会が結ぶはずがないという主張については、組合側から見れば、逆に組合は被解雇者を支給対象外とする協定を結ぶはずはないとも考えられるから、必ずしもそういえるものではないし、全額人事考課査定にするという本件一時金協定の文言については、むしろ支給対象者についての支給対象額決定に関する文言であり、支給対象者の範囲を決する文言ではないと考えるのが相当である。さらに、被解雇者に夏季一時金が支給されなかったことを組合が認識しながら、冬季一時金協定を締結したとしても、それだけで、組合が被解雇者に対する夏季一時金の不支給を認容したものとはいえないし、乙四によれば平成七年七月二九日の団交申入書には被解雇者に対する一時金の不支給を議題として申し入れていないことが認められるが、これは、単に交渉のテーマを絞っただけであることも十分考えられ、このことを併せ考えても、組合が被解雇者を一時金の支給対象から除外することに合意していたとは言えない。また、原告は、右1(二)(2)の事実から、本件一時金協定が被解雇者も対象とする意思を直源会側が有していたと主張するが、この点については、単に過去の支給実績を説明したに過ぎないのであって、このことのみをもって直源会側が被解雇者を支給対象者と考えていたことを認めることはできない。

結局、原告に本件一時金協定の適用があるか否かは本件一時金協定の「賞与支給日在職者」及び「平成六年一二月一〇日現在の在籍者」の解釈が問題となるが、これは特段の事情がない以上法律上雇用契約関係にあったか否かを基準として判断すべきである。原告について平成七年七月一〇日当時及び平成六年一二月一〇日当時被告との間で雇用契約関係があったと認められる(甲四)から、原告は、本件在籍要件をみたすと考えるべきである。

しかしながら、本件一時金の請求権は、右に説示したように使用者による査定という意思表示がなされなければ具体的に発生しないというべきであり、被告が原告に対し、本件一時金に関し査定をしたことを認めるに足りる証拠はないから、原告は、本件一時金の請求権を有しない。

三  争点3について

1 右に説示したように本件一時金協定が締結され、さらに、その効力は原告に及ぶと解すべきであるから、被告は、原告に対し、本件一時金協定に基づき、原告に対する具体的な一時金の支給額を決定し、本件一時金協定に定められた支給日までに一時金を支給する義務を負うものと解すべきである。

ところが、被告は、正当な理由なく、原告に対し冬季一時金及び夏季一時金の支給の前提となる人事考課査定をせず、本件一時金協定に定められた支給日までに一時金の支給額を決定して、これを支給することをしなかったから、原告は、被告により、本件一時金協定に基づき一時金の支給を受けるべき期待権を侵害されたというべきである。

2  そこで、被告の違法な不作為による期待権の侵害によって、原告が被った損害額について検討する。

甲五によれば、平成六年一二月二七日に開催された地労委のあっせんにおいて、和田、大島らが今まで一時金は欠勤や遅刻の控除以外引かれたことはないと発言したところ直源会側からは反論がなかったことが認められ、さらには、本件訴訟において、原告が、夏季及び冬季の一時金は従来から全額人事考課査定の対象とされてきたが、実際は勤怠のみが減額査定の事由とされる運用が行われてきたと主張したのに対し、被告は何らの反論もしていないのであり(記録上明らかである。)、これらの事実によれば、被告の一時金支給の査定は事実上勤怠のみによって行われてきたことが推認される。また、前記二1(一)認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、退職合意が成立したと主張する被告より本件一時金の支給期間中就労を拒絶されたため就労が全くできなかったことが認められるところ、右就労不能は被告の責に帰すべき事由であるから、原告が本件一時金の支給期間中就労していなかったことは一時金の減額査定の事由にはならないものと解するのが相当である。したがって、被告において特に原告の不就労が被告の就労拒否と無関係であることを立証しない限り、原告は、一〇〇パーセント就労したものとして、本件一時金の支給を受ける期待権を有しているものというべきである。

甲四によれば、原告の基本給が一四万五〇〇〇円であることが認められるから、原告に支給されるべきであった冬季一時金額は在籍月数(八か月)に応じた月割り計算により一九万一四〇〇円を下らないこと、同じく夏季一時金額は一四万五〇〇〇円であることが認められる。

よって、原告は、被告が本件一時金協定で定められた一時金の支給日までに原告に対する人事考課査定をして、原告に対する一時金の支給をしなかった違法により、それぞれ、冬季一時金については、一九万一四〇〇円を下らない損害を被り、夏季一時金については一四万五〇〇〇円の損害を被ったものと認められる。

四  よって、原告の請求は主文第一項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分(主位的請求及び予備的請求について年五分を超え年六分の割合の遅延損害金を請求する部分)については理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条、六四条ただし書、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官南敏文 裁判官森髙重久 裁判官須賀康太郎)

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